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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)4765号 判決 1992年10月26日

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一、請求

被告は原告に対し別紙株券目録記載の株券(以下、本件株券という)を引き渡せ。

第二、事案の概要

一、争いのない事実

1. 原告は、平成二年八月二一日、被告(茨木支店)との間において、原告を委託者、被告を受託者として株式売買等に関する信用取引委託契約(以下、本件委託契約という)を締結した。

2. 原告は、同日、被告に対し、本件委託契約に従い、委託保証金代用有価証券として本件株券その他を引き渡した。

3. 原告は、同三年五月一五日、被告茨木支店長堀内吉男に対し、本件委託契約を解除する旨の意思表示をし、本件株券の返還を求めた。

二、被告の主張(抗弁)

本件株券は、本件委託契約に基づく信用取引に関して原告が被告に対し負担する債務の担保として預託されたものである。右取引による損金残高は五七一万一五八一円であるから、被告は、右弁済があるまで、本件株券を原告に返還することはできない。

三、原告の主張(積極否認)

1. 被告茨木支店外務係員辻明(原告の担当者である。以下、辻という)は、平成二年一〇月三一日および翌一一月一日、原告からの注文がないのに、原告の計算でNOKの株式合計二万六〇〇〇株を買い付けた(以下、本件買付けという)。

2. 前記損金は本件買付けにより生じたものであるが、本件買付けの効果は原告に帰属しないから、原告は被告に対し、信用取引に関する債務を負っていない。

四、争点

本件買付けは辻が原告の了解を得て行ったものか。

第三、争点に対する判断

一、本件買付けに関する証人辻と原告の供述の対立

被告が原告の計算で次のとおりNOK株の買付け(信用取引)をしたこと、うち<1>は辻が原告から注文を受けて行ったことは争いがない。本件買付けは<2><3>である。

<1>  平成二年一〇月三〇日 八〇〇〇株

<2>  同月三一日 一万六〇〇〇株

<3>  同年一一月 一日 一万株

被告は、辻が原告の了解を得て買い付けたものであると主張し、証人辻の供述はこれに沿う。すなわち右供述によれば、辻は、一〇月三一日の前場寄付き前に原告に電話してNOK株の買い乗せを勧め、原告から「任せる」といわれたので<2>の買付けをした、翌一一月一日も前場寄付き前に原告に電話して<2>の買付けの報告をした後、さらにNOK株の買い乗せを勧めて了解を得、<3>の買付けをした、というのである。他方、原告は、辻が無断で買付けをしたと主張し、これに沿う供述をする。

そこで、右の各供述のどちらを信用すべきかを検討する。

二、被告を通じて原告が行った有価証券取引の状況

<証拠>によれば次の事実が認められる。

1. 原告は、昭和六三年以前から被告を通じ有価証券の取引を行ってきたところ、平成二年八月二一日、本件委託契約を締結し、信用取引を始めた。原告の担当者は、始め櫻であったが、同年一〇月辻に替わった。

2. 原告は、同月および翌一一月、辻を通じて頻繁に信用取引を行った。右取引の多くは、数日内に反対売買をして手仕舞したが、これは、経験年数の浅い辻が、成績をあげるため(売買の度に被告に手数料収入が入る)、特に原告に頼んだものであった。

原告は、原則として一銘柄につき一万株を越える取引はしないという方針をとっており、このことは辻にも話してあった。右取引に係る一四銘柄のうち、一万株を越える建玉をしたのはゼクセル株と日本農産工業株の二銘柄のみであり、右二銘柄についても、一万株を越える状態になった後、その翌日あるいは翌々日には手仕舞された。

辻が原告の計算で行った取引は、本件買付けはさておき、すべて原告の了解を得ていた。原告は、辻に信用取引の決済を任せ、決済の都度、辻の報告を受けていた。

3. 辻は、同年一〇月三〇日午後、原告に電話し、同日午前中に原告から注文を受けた銘柄の取引について報告するとともに、NOK株の買付けを勧めた。辻は、NOKの株価は上がると予想していたため、熱心に勧誘し、その結果、原告は一万株を買うよう指示した。そこで、辻は、指値九五〇円でNOK株一万株の注文を出し、結局、単価九四〇円で五〇〇〇株、九四九円で二〇〇〇株、九五〇円で一〇〇〇株、合計八〇〇〇株を買い付け、その日のうちに原告に電話で報告した。

4. 辻は、翌三一日、原告の計算で、NOK株を、単価九八〇円で六〇〇〇株、一〇〇〇円で一万株、合計一万六〇〇〇株、さらに一一月一日、一〇一〇円で一万株を買い付けた(本件買付け)。

5. 右三日間のNOK株以外の取引の状況は次のとおりである。

(一)  一〇月三〇日 クラレ株売り付けて手仕舞。日本農産工業株買い付けて手仕舞。サカタインクス株買付け(信用取引)。アサヒビール転換社債売付け。

(二)  同月三一日 取引なし。

(三)  一一月 一日 常陽銀行株買い付けて手仕舞。厚木ナイロン工業株現物買付け(右取引に関し、この日辻が原告に電話で勧誘し、原告が了解したという点において辻と原告の供述は一致している)。

6. 一一月六日、厚木ナイロン工業株の受渡しが行われ、原告から被告に現金四四〇万九一七三円が入金された。

7. 原告は、同年一一月二日以降、被告を通じた新規取引をしていない(平成三年七月二四日現在まで)。本件買付けによるNOK株合計二万六〇〇〇株以外の建玉についてみると、平成二年一一月二八日倉敷紡績株が買付けによって手仕舞されているほかは、すべて現引きで決済されている。右NOK株合計二万六〇〇〇株は、一万六〇〇〇株(前記<2>)は平成三年四月三〇日、一万株(同<3>)は同年五月一日、それぞれ売付けによって手仕舞された。

平成三年七月二四日の時点において、本件委託契約に基づく原告の被告に対する債務(損金)として五七一万一五八一円が、本件買付けによるNOK株に係る損金として五八一万〇七八一円が計上されている。

三、本件買付けをめぐる平成二年一一月一日以降の原告と被告茨木支店との間の交渉の経過

<証拠>および弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1. 原告は、平成二年一一月五日、本件買付けを含むNOK株に関する信用取引報告書を被告茨木支店に持参し、辻に対し、NOK株を沢山買い付けているがどうなっているのかという趣旨の話をした。辻は、NOK株の値動きについての資料を示し、株価はまだ上昇するだろうと説明した。原告は辻から信用取引建玉明細表を受け取って帰った。

2. 原告は、翌六日、厚木ナイロン工業株の受渡しのため被告茨木支店を訪れたが、本件買付けについて抗議しなかった。

原告は、同月一三日頃と二八日頃にも辻と会う機会があったが、本件買付けについて抗議することはなかった

3. その後しばらく原告と辻との直接の接触は途切れていたが、原告は、平成三年一月一七日頃、信用取引を再開しようと辻に連絡したところ、辻は、担保額が不足しているので取引はできないと答えた。

4. 原告は、同月三〇日、被告茨木支店長の堀内に電話をし、本件買付けは原告に無断で行われたものであると強く抗議し、担当者の変更を要求した。

堀内支店長は、この時初めて本件買付けをめぐるトラブルを知り、翌三一日、辻に替わる担当者の吉田を連れ、被告茨木支店から歩いて約一分の距離にある原告宅を訪ねたが、原告は留守であったので、二月四日、再び吉田を連れて原告宅を訪ねた。原告は、堀内支店長に対し、自分は通常五〇〇〇株から一万株の注文しか出さないから、NOK株の買付けは多すぎるという趣旨の話をした。これに対し、堀内支店長は、本件買付けを含め、NOK株の信用取引の決済の期日までまだ二か月あるから、その間にNOKの株価もまた上がるだろうという話をした。結局、その日は、担当者が吉田に替わるにあたっての挨拶や世間話が中心であり、本件買付けについての話は時間にしてそう長くなく、原告が、本件買付けが無断で行われたものであるといって激しく抗議するというようなことはなかった。

5. その後、原告が吉田に対し本件買付けは無断で行われたものであると抗議したので、堀内支店長が吉田とともに辻を原告の自宅に派遣したところ、原告は無断売買を主張し、原告の承諾を得ていたとする辻との間で激しい口論になった。その後も、原告は本件買付けは無断売買であると抗議を続けたが、堀内支店長は、二月二五日頃、吉田を通じ、原告に対し、本件買付けに関しては買付日から日が経ちすぎているのでもうどうにもならないと述べた。

四、被告における無断売買等をめぐる顧客とのトラブルを防ぐための仕組み

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

1. 被告では、顧客から電話で株式信用取引の買付け注文があった場合、担当の営業員が買付注文伝票を作成する扱いになっている。買付注文伝票はその日のうちに管理職がチェックするが、それは記載漏れ等の形式的チェックにすぎず、無断買付けかどうかという点にまでは及ばない。

本件買付けについても、辻が作成し管理職の承認印を受けた買付注文伝票か存在しているが、承認印を押した管理職の掘川は、本件NOK株の買付けが無断であるかどうかまでは把握していない。

2. 被告では、顧客が信用取引をした場合、通常はその翌日に本店検査部から顧客に対して売買の状況を記載した信用取引報告書を送る扱いになっている。本件買付けについても、原告に対し買付け状況を記載した信用取引報告書が送られている。

3. 被告茨木支店では、顧客から電話で注文を受ける場合、後に顧客から無断売買の苦情が起きるのを防ぐため、注文内容を反復して明確にするよう営業員に指導をしているが、電話内容を録音する等の手当てまではしていなかった。顧客から無断売買等の苦情があれば、支店長は本店へ報告してその指示を仰ぐことになっており、支店長のみの判断で対応することはできない。

五、本件買付け前後のNOK株の値動きの状況

<証拠>によれば、次の事実が認められる(別紙相場表のとおり)。

1. 平成二年初め以降、NOKの株価は、多少の上下を繰り返しながら総体的に下がりつつあったが、一〇月二日に安値七二五円を記録した後、徐々に持ち直し、一〇月二九日の終値は九五〇円であった。一〇月三〇日から一一月一日までの三日間の値動きは次のとおりである。

(一)  一〇月三〇日 始値 九五九円

高値 一〇〇〇円

安値 九三一円

終値 九五〇円

(二)  同月三一日 始値 九八〇円

高値 一〇四〇円

安値 九八〇円

終値 一〇〇〇円

(三)  一一月 一日 始値 一〇一〇円

高値 一〇一〇円

安値 九五〇円

終値 九五〇円

一一月二日以降はまた徐々に下がり始め、一一月中は一〇〇〇円台の値をつけることはなく、九〇〇円台から八〇〇円台へと下がり、一一月三〇日には安値七四〇円を記録した。

2. その後、NOK株は細かい上下を繰り返しながら徐々に下がり続け、本件買付けによるNOK株がすべて手仕舞された平成三年五月一日まで、ついに平成二年一〇月三〇日から一一月一日までの株価の水準を回復することはなかった。

六、二ないし五の認定事実を基に、辻と原告の対立する供述のいずれを信用すべきかについて判断する。

1. 四で認定したとおり、原告の了解を得て本件買付けを行ったという辻の供述を直接裏付ける証拠は存在しない。しかし、これを間接的に裏付ける諸事実は存在する。

(一)  本件買付け前後の事情について

原告は平成二年一〇月から一一月にかけて辻を通じて頻繁に信用取引を行っており、本件買付けを含むNOK株の買付けもその一環とみることができること、一一月一日にも原告は辻に対し厚木ナイロン工業株の買付けを注文しており、この時点で原告と辻の従来からの関係に変化が生じたとは考えにくく、辻が無断で買付けをする動機がみあたらないこと、本件買付けはさておき辻はいつも原告の了解を得て取引を行っていたことによれば、辻は本件買付けも原告の了解を得て行ったと推測することが合理的である。

またNOKの株価は一〇月に入ってから上がり続け、一〇月三〇日から一一月一日にかけてはピークを記録しているのであるから、右時点においてまだ株価が上がると予想することは不合理でなく、NOK株の買付けは原告にとって儲けのでる見込みのある有利な取引であったといえる。現に原告は一〇月三〇日に辻の勧めを受けてNOK株の買付けを注文をしており、本件買付けも、儲けを期待してさらに辻に注文を出したものと考えることに不自然さはない。

仮に本件買付けが原告に無断で行われたとすれば、原告はそれを知って直ちに被告に抗議するのが当然であるのに、原告は平成二年一一月五日、本件買付けを含むNOK株の信用取引報告書を持参して被告茨木支店を訪れた際、辻に対しNOK株の買付け数について話をしたものの無断売買であるとの抗議はしておらず、翌六日厚木ナイロン工業株の受渡しのために同支店を訪れた際にも本件買付けが無断で行われたとの抗議をしていない。しかも原告は同日被告に現金四四〇万九一七三円を入金している。

(二)  その後の経過について

原告は、辻に対し本件買付けについて何らの抗議をすることなく平成三年を迎え、一月一七日頃信用取引を再開しようと連絡をとっていること、原告の自宅は被告茨木支店から至近の距離にあり、同支店長等辻の上司に抗議しようとすればいつでも抗議できるのに、原告は本件買付けから約三か月も経過した後、初めて堀内支店長に抗議していること、しかも原告は堀内との一月三〇日の電話のやりとりでは無断売買を強く主張しながら、二月四日に堀内が原告宅を訪ねた際には本件買付けが無断で行われたと強く抗議はしていないこと、そして、辻と激しい口論になったのはその後であることによれば、原告は、当初、本件買付けを特に問題とせず、同年一月一七日頃担保額の不足を理由に信用取引を断られたことをきっかけにして本件買付けが無断で行われたとの主張を始め、以後、徐々にその主張を明確にしていったということができる。このような原告の行動は、本件買付けが原告の了解を得て行われたと解すべきことを示す。

2. 以上によれば、本件買付けは原告の了解を得て行ったものだという辻の供述は信用することができ、これと異なる原告の供述は信用することができない。

3. 原告は、本件買付けは原告の他の取引と比較して異常である。すなわち原告は一銘柄につき一万株を越える取引をしないし、信用取引については短期で手仕舞することにしているのに、NOK株の買付けは本件買付けを含めると三万四〇〇〇株に上り、かつ短期に決済されていない、と主張する。しかし、一銘柄につき一万株を越える取引がまったくなかったわけではないし、決済も必ず短期に行われていたわけではない(乙二の六によれば、NOK株のほか、大東京火災海上保険株、サカタインクス株も決済まで約六か月かかっている)。したがって原告主張の右事実のみでは辻の供述の信用性を覆すには足りない。

また原告は、本件買付け以降新規取引をしていないのは、本件買付けが無断でなされたのでその問題の解決、処理を待ったためであると主張、供述する。しかし、原告は平成三年一月一七日頃信用取引を再開しようとして辻に連絡していること、少なくともその時点までは辻あるいは被告茨木支店長等に対し本件買付けが無断で行われたとの主張をしていなかったことに照らすと、原告の右主張、供述は採用することができない。

さらに原告は、平成二年一〇月三一日のNOK株合計一万六〇〇〇株の買付け(前記<2>)について、辻が買付注文伝票の受注時間欄に虚偽の記載をしていると主張し、一〇月三一日のNOK株の買付けに関する辻の供述は信用できないとする。原告の右主張の根拠は、一〇月三一日に六〇〇〇株(単価九八〇円)と一万株(単価一〇〇〇円)に分けて買付け注文されたNOK株の各買付注文伝票(乙六の二、三)をみると、注文受付番号、約定番号とも番号の小さい一万株の買付注文伝票(乙六の三)の受注時間のほうが番号の大きい六〇〇〇株の買付注文伝票(乙六の二)の受注時間より遅い時間となっているという点である。しかし、右各買付注文伝票の注文区分欄をみると、六〇〇〇株のほうは「電注済」であるのに対して一万株のほうは「オンライン注文」となっており、この差が右の食い違いをもたらしたと考えることもできるし、また、同日のNOK株の株価の動き(始値九八〇円、高値一〇四〇円、安値九八〇円、終値一〇〇〇円)に照らしても、単価九八〇円で六〇〇〇株を買い付けた後一〇〇〇円で一万株を買い付けたという辻の供述はあながち不合理とはいえない。したがって右の食い違いのみでは辻の供述の信用性を覆すには足りない。七、六で判断したとおり、本件買付けは辻が原告の了解を得て行ったものであるから、結局、原告が被告を通じて行った信用取引はすべて原告の了解のもとに行われたということになり、原告は被告に対し信用取引に関して五七一万一五八一円の債務を負担していることになる。本件株券が委託保証金代用有価証券として被告に預託されたものである以上、被告は右債務の弁済があるまで本件株券を原告に返還する必要がない。

したがって被告の主張(抗弁)は理由があり、原告の本訴請求は理由がない。

株券目録

一 関西ペイント株式会社株式二〇〇〇株

時価計 一三三万六〇〇〇円

但し一株の額面額 金五〇円

内訳

一〇〇〇株券二枚

記号番号 なF第〇七六一二号、

なF第〇八八〇四号

二 関西電力株式会社株式二五〇〇株

時価計 六八五万円

但し一株の額面額 金五〇〇円

内訳

一〇〇株券二五枚

記号番号 ま戊第二〇二一六一号

乃至二〇二一八五号

以上時価合計 八一八万六〇〇〇円

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